「自然は芸術を模倣する」-このオスカー・ワイルドの言葉に出会ったのは10年近く前ですが、未だによくわからないまま、胸にいつも持っているもののひとつです。
この一見無造作なせせらぎの落ち葉のより素敵な見方を、芸術は私に教えてくれるのでしょうか...
秋ということで、センチメンタルな流れでブログが続きます。飽きましたか?そういわずにお付き合いください。今年は秋も短いようですから、まもなく終わるでしょう。
昔から、ひとつのことには集中できない性格です。いろいろなものに目を向け、手を出し、足を運び、聞きかじっては、少々腹に溜め込んでおき...ある日「なるほど、そうつながるのかっ」と、ポンと膝を打つ瞬間がたまらなく好きという、勤勉な日本人らしからぬ、しかたのない人です。
でも、思うんです。
人とか事象とか、そのときは無関係に思えても、いつか見事にひとつにつながる瞬間がやってくるのではないかと。信念とか思いを持っていれば、それに引き寄せられてくるものは、なにかしら自分にとって必要なものなのだと。
そうだ!(信念も思いもないけれど、とりあえず)逆らわず何事も甘んじて受けながら生きてみよう!(今までもそうだたけど)
よくわかりませんが、ポール・オースターの『リヴァイアサン』の読了をもって、しばし考えてしまった秋の夕暮れ。
【きら】